あの頃、任務中にだけ大人びるその口調に、僅かな不安はいつだってあった。このまま戻って来ないのではないかという恐怖と、もう少しこの姿を見ていたいと思わせてしまう正しさが、子供みたいな根拠のない怯えを誘発する。だから子供みたいに怯えた手を伸ばして、向けられたいつもの微笑を握り締めるように抱き寄せて安堵した。不安と安堵はいつだって同量で釣り合う。そのはずだったのに、は僅かな不安と、溢れそうなほどの安堵を与える。それに溺れそうになって、オレは気付かずにいた。



「嫌われる練習でもしておけばよかったかなぁ…嫌われる勝負とかさぁ」
「今度は何よ?」
「カカシがさぁ、なんでこんなやつのこと好きだったんだろ?って思ったら私の勝ち、とか」
「それでも好きだったら?」
「私の負け」
「ちがーうね。オレの勝ち」
「違いがわかんないよ?」
「これから思い知ればいい」



 はもっともっと、たくさんのことを思い知るべきだ。自分がどれだけ愛されているかとか、オレがどれだけお前を好きかとか。変わらないものはないけれど、変わりながらそれでも保てるものはある。手を繋いで見下ろす森は秋の終わりの色だった。冬に侵食され始めた下界を見下して、細い指から体温を確かめて、合わない視線をもどかしく思わない。
 が突拍子もないことを話し始めることは良くあったけれど、いつだって何かの意味があった。自分を卑下するときは大体、何かを告白するときだ。彼女は繋いでいない方の指で、森の上を優しくなぞった。けれど声色は緊張する。



「わかる?ここから見える景色…よく見るとね」
「ん?」
「このすぐ下は他里との抜け道になってる。特にこの辺は雨隠れが通るの。ここ1ヶ月、その頻度が跳ね上がってるわ」
「なっ…」
「来週に監視の経過報告書を出したらすぐに広まると思うから言うわ…近々木ノ葉にも必ず火の粉は飛んでくる。暁が関わってることは間違いない」
「どういうことだ?………!」
「箝口令があって少なくとも1年間は気取られないようにとの命令だった…少なくとも1年以内に動きがあることは分かってたんでしょうね」
「……慰霊塔の話は…フェイクか…!」
「ポーズだよ。嘘じゃない。もうひとつ、本当があっただけ」



 里内部にすら知らせない本当の条件。そしてつまりそれは、彼女がこなしていた1年間の任務。
 憧れた世界に身をおいたって、忍じゃなくなるわけじゃない。オレ達はいつまで経っても、そこからは抜け出せない。抜け出さない。オレは厭という程それを知っていて、だけど彼女だけは、だけは特別だと信じ切っていた。どうしてそんな単純に思い込めたのか、気付いた今ではもう分からない。違う。何もかもが。今は言葉の組み立て方さえ分からない。



「どうして言わなかっ…いや、違う、それはいい…里の命令だし、お前の仕事だ。待てよ、待ってくれ…」



 オレは一体、何を言いたいのだろう。自分ほどワケの分からないものはない。忍は守秘が基本で鉄則で全ての礎だ。オレも彼女もそれを知っている。だから互いに言えないことはあるし、おそらくオレがこんなにも言葉を見失うのは、そんなことが原因ではないのだ。そんなことは本当に、大したことじゃない。大事なことは、もっと他にある。



「ずっと…じゃあ、なんで…」
「うん?」
「なんでそんな、本当に、本気で、幸せそうな顔してたんだ…!!」
「幸せだったもの」



 嘘だったら良かった。ずっと誤魔化すための嘘だったと、本当はこんなになってもまだ忍の仕事に縛られて、辛くてキツくて仕方なかったと、泣き喚いてくれた方がずっとずっと良かった。カカシが怒ったり落ち込むから楽しいふりをしてやってたんじゃないかと、責めて傷つけてくれたらずっともっと良かった。
 そうやって、ハンパにしか与えられない幸福にさえ満たされたように微笑うを見るたびに、初めから何にも期待していないんじゃないかと何度も思った。何も与えられないのが当たり前で、ほんの僅かでも与えられたら僥倖だとでも思っていたなんて、そんなことがあるだろうか。自分は与えて振りまいてばかりのくせに。



「嘘じゃなかったもの。嘘じゃなく、本当に、本物の、私は花守で、墓守だったもの」
「こんな…利用される形であってもか?」
「与えられてばかりで何が幸せなの?少しでも…何かを返さなきゃ、私はただの容れものでしかないのに?」
「オレにとっては、」
「うん、カカシにとっては違うね。だから分からない?木ノ葉が、忍里が、私に何を求めているか」



 無限に生まれる雷のチャクラ。精確性、機動力、パフォーマンス性、演技力。周囲を騙しやすそうなおあつらえ向きの不幸。じゃなければ他の誰かがやっていたのだろう。選ばれてしまった不幸と、彼女が選んだ幸運が同じもので、彼女はそれを手に入れた。
 彼女が手に入れたはずの平穏。手に入れたと思っていたのはオレだけだったはずがない。花咲く丘で、花に埋もれ、穏やかに過ごす彼女の望んだ日々を、何処かで惜しいと思っていたことを否定しない。忍としての彼女を知っているものなら皆、彼女を花守りにするのを惜しむはずじゃないか。けれどそれでも彼女が焦がれ憧れて諦めた世界を手に入れたのだから、と誰もが諦めたのに。諦めさせておいて、今更、平穏から彼女を引きずり出すのか。



「大好きだよ、カカシ。カカシにだけは甘えて欲しがって我儘言ってさぁ…それで毎日花に囲まれて暮らして、お客さんをもてなして、カカシを出迎えて…」
「これから…どうなるんだ?」
「報告書出してみないことには確かなことは言えないけど…この丘は守りたいよねぇ」
「墓守として?」



 は微笑む。丘の向こうの景色を見た。その瞳が、まるで、だけど確かにあの頃とは違う強さで



「おままごとはおしまい、だねぇ」










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