たとえば自分が何かをどれだけ、いくつ失っても笑って誰かの幸福を喜んでしまえる単純さが亡き友に似ていたのかもしれないし、子供じみた感情を何も変わらない態度で受け止めてくれるのが亡き師に似ていたのかもしれない。当然のように絶対に疑わずに信じた母に似て、どんなに側にいても欲しいだけの距離を置く父にも似ていた。甘やかす唇と、甘えてくれる瞼と、受け止める視線と、預けてくれる肌の暖かさと、欲しい言葉をくれる声と、上手く出来なかった台詞まで残さず拾う小さな耳と、ひとつずつが大事になっていって、やがて全てが大切になった。
 景色はこの数日ですっかり冬になった。吹きさらしの丘に風が冷たい。小さな小屋に入って、暖かいコーヒーをもらった。今日はテンゾウが来ると聞いて新しい木でも植えるんだろうかと考えていられたのは数週間前までだ。それでも日々はまるで変わらないかのように平穏に見せていた。ただ、知らなかった頃には戻れないだけだ。



先輩、テンゾウです。いらっしゃいますか?」
「どうぞー。寒かったでしょー入ってーコーヒー飲んでー」
「…ってカカシ先輩!?どうしてここに…」
「悪かったね」
「そういう言い方しないのー」
「あ、で、コレ頼まれていたものです」
「ありがとう。探すの、大変だったでしょ」
「まぁ、これくらいは…ツテもありますからね」
「テンゾに頼んで正解だったねぇ」
「テンゾ()ですってば」



 彼女はそれを受け取って、満足げに頷いた。包みの中は見なくても分かる。そういう形をしている。身の丈ほどもある……



「鉄パイプと悩んだんだけどさぁ」
「それはどうかと思いますよ、色々」
「…悩むほどのことじゃないでしょーが」
「…そうだねぇ」



 身の丈ほどもある黒檀を握る彼女はまるで変わらないままで、1年間で取り直したバランスで杖はとっくに必要としていなかった。片足が動かなくても崩れないバランスとブレない身体。墓守をしている間には必要のなかったはずのそれらを、取り戻したのかそれとも、こうなることを分かっていて失わずに居たのか。後者で間違いのないことをとうに思い知っていた。家具に当たらない程度に振り回してみせる彼女に戸惑いは見当たらない。



「修行…リハビリしないとなぁ…前線は無理だけど支援部隊の要請は来るよねぇ」
「その棒を渡せば脚は大したハンデにならないと五代目からです」
「うわぁ、聞いた?コキ使う気満々だよぅ。密偵生活の引きこもりなのにぃ」
「直接言ってくださいよ…じゃ、僕は帰ります。次は現場で」
「テンゾが居るような前線には行かないよぅ。でもありがとねぇ」
「テンゾ()です。じゃ、失礼します」



 テンゾウの気配が遠くに消えるまで、黙ってコーヒーを飲んだ。は黒檀の表面を確かめている。同じ木材とはいえ形にバラつきがあるその得物でまたタコを作り、潰して、皮を厚くして、は「雷泉」へと戻っていくのだ。最後の一口を飲み干して、彼女を後ろから抱きしめる。甘い時間にもならない沈黙を、風を受けた窓がカタカタと急かした。うまく切り出せないオレとは対照的に、はすんなりと言葉を紡ぐ。



「この脚で何処まで戦えると思う?」
「オレが守ーるよ」
「私が守るんだよぅ。カカシとか、この丘とか、この棒とチャクラが届くもの全部」



 思い出したのは何処までも伸びていく光。それじゃまるで、全てを守るのと同義だ。本気、いや、正気か?と訊いてやりたいが、いつもの微笑で頷かれたらそれこそ救いようがない。いつもそうだ。きっともう、そういう風に出来ていて、だからオレは何度でもに呆れて、何度でも憧れる。せめてオレだけは守ってやろうと思う。せめてオレだけは、与える人間でありたいと祈る。祈るのに。



「喜べばいいのか悲しめばいいのか…、」
「少なくとも悲しまないで欲しいなぁ。喜んでとは、言わないけどさぁ…」
「なんかお前ばっかり納得しちゃって…オレがガキみたいじゃなーいの」
「え?ガキでしょ?カカシは」
「………、…いいんだな?これで、本当に?」
「うん、あれだけ憧れた世界に居ることが出来たから、私はもう迷わないの」



 あとはカカシだけだね、と微笑う。夢の中に居た1年が、余計に彼女を深く傷つけたりはしないのだろうか。そう考えるのはきっと無意味だ。は傷つくことなんて初めから恐れない。  傷つくことなんて初めから恐れていなかった。傷つけることはずっと、きっとこれからも恐れ続けていくだろう。それでも迷わない。誰かを傷つけて、殺してでも人を、里を守ること。その為にどんな力であろうと注ぐこと。空のないその瞳と、少し大人びた口調。覚悟を決めたと オレの

時間さえ報われるなら



「今まで一緒にいてくれて本当にありがとう、カカシ」
「一緒に生きよう、
「簡単に言うね?」
「簡単じゃなーいよ。だけど」



 一緒に生きていきたいね、と少し淋しそうに呟いた、あの時と変わっていないなら、オレは変わらずにいたものまで守りたいと思えるようになった。今も、これからも離したくない。与えられ続けた安堵を、温もりを、憧れを、細い身体を手放せない。軋むほどの胸の痛みも。だけどもう、それだけじゃないことも分かっている。
 一緒に居たいのと、一緒に生きていきたいのは違う。子供みたいにオモチャを握り締めて離さないまま駄々を捏ねるのとは違う。全ての経過も変化も結果も受け入れて、はずっと生きてきてくれた。そして変わらずに待っていてくれた。その時間が報われるなら



「…やっと、オレが追いついたんだ、と思うわけよ」
「どういうこと?」



 言えなかった言葉じゃない。思えなかった言葉がある。思いもしなかったから、言葉にもしなかった。幼い残酷さを、一言で打ち消せるなんて信じてもない。



「今度こそ、一緒に生きていきたーいよ」
「……………………」
「……もう遅い?」
「もしかして私、ずっと待っていた?」
「待たせたな」



 変わらないものなんてないねぇと笑いながら変わらずに居てくれた。だからこうして、並んで変わっていける。変わっていけるだろう。大切なものを守り続けたままで。季節が変わり、景色が変わっても、この丘が変わらずにあるように、彼女が戦うことでこの丘を守ることを決めたように。今ここで、この丘で全てを受け入れて、オレ達の関係は変わるだろう。もっと優しい方向へ。



***



 春になって「雷泉」で「花守」で「墓守」のは前線に復帰する。身の丈ほどもある黒檀の棒を、ひゅるり、びゅうう、と風を切る音を立てて自在に振り回す。随分と硬く、重たい木である。棒の長さは変わらないが纏わせる雷のチャクラの量で長さや形が変わるように見えることから「如意棒」だとか「神槍」と呼ばれた。今も里の端にある小さな丘で、花を植えている。丘に訪れる人々の中に、変化に気付くものはほとんど居ない。



 その名前は「はたけ」に変わっていた。










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(100920 UPDATED)