「花守の」と呼ばれる奴が居る。かつては「雷泉」と呼ばれた、暗殺特殊部隊の一人だった。身の丈ほどもある黒檀の棒を、ひゅるり、びゅうう、と風を切る音を立てて自在に振り回す。随分と硬く、重たい木である。棒の長さは変わらないが纏わせる雷のチャクラの量で長さや形が変わるように見えることから「如意棒」だとか「神槍」と呼ばれた。
 しかし去年の戦闘任務で足に不自由を負い、今は里の端にある小さな丘で、花を植えている。訪れた者みな歓迎し、気さくに話しかけるその姿は噂で聞く血腥いイメージとは程遠い。そして親しみを込めて「花守の」と呼ばれるようになったのは、つい最近の話だ。そして、ほんの僅かな時だった。



 春の花が散り、夏草茂る頃、花守は「墓守の」と呼ばれるようになった。小さな丘には相応の小さな慰霊塔が建てられ、時々誰かが訪れては帰ってゆく。荒らすものもなく、争うものもない。平凡で、平穏なその丘で、彼女は暮らしていた。



、いるか?」
「居なくならないよーぅ。いらっしゃい、カカシ」
「おかえりって言ってちょーだいよ」
「んん?まぁいいか、おかーえり」
「ただーいま」
「淋しかった?」
「会いたかった」
「ハハッ」



 何かが変わったかといえば、もう元の形を思い出せないくらい、壊滅的に変わってしまったのかもしれないし、さほど特別には変わっていないのかもしれない。いつも会えないのも、別々の場所に暮らすのも、互いに会いたいと思いながら互いの仕事をこなすのも、今に始まったことじゃない。
 は憧れていた世界を、片足の自由と引き換えに手に入れた。毎日楽しそうといえばそうだが、元々いつも何かを楽しんでいるような人間だったから、その点で何かが変わったわけでもない。元々が忍者だったから適応も早い。以前のような機動性はないにしても、忍の中でもトップレベルのバランスと運動能力までなくなったわけじゃない。日常生活にはまるで困っていない様子だった。
 小さな丘と、深い森の境目に100%木造建築のささやかな小屋を建てた。誰が建てたかは言うまでもない。その中では馴れた手つきでタンブラーを取り出し、アイストングで氷を7個放り込んだ。冷蔵庫から適当に炭酸飲料を取り出して、テーブルの上に並べる。オレは短く礼を言って、冷えたタンブラーに勢い良くそれを注ぐ。泡がおさまるのを待ちながら、窓の外に目をやった。



「ちょっと草伸びすぎなんじゃなーいの?」
「うん…まさかこんなに伸びるとは思ってなかったんだよぅ…」
「夏草だけじゃないでしょ。3日やそこらでこんなに増えるもんかね」
「いのいちさんがね、苗木と一緒に秘伝の栄養剤とかっていうのをねぇ…」
「……それでか…」
「一緒に除草剤ももらったんだけどさぁ、怖くて使えない…」



 取り出した瓶の中身は素手で触れば嫌な音と臭いがしそうな色艶を発揮していて、前向きに言うなら、サイケデリックな色合いをしていた。一滴垂らせばこんな小さな丘の雑草くらい全て根絶やしにしてくれようという意気込みの感じられる、山中上忍の渾身の自信作に違いない。開けようとする細い指をそっと制した。
 が地道に手作業ですよぅ、といいながら袖をまくると、見事にくっきりとTシャツ焼け。元々は真夜中に飛び回る任務が多かったから、去年まではほとんど焼けたところを見たことがなかった。本人も肌が焼けるものだという認識は薄かったのだろう。指先から背中まで陶器のような白さだったのに、今では赤く熱を帯びている。



「結構痛いんだねぇ、日焼けって。何年ぶりかなぁ」
「冷やしときなさーいよ」
「………カカシってさぁ、面白い焼け方しそうだよねぇ」
「オレはもう今日は外に出なーいよ」
「今決めた?」
「……………………」



 何気ない会話と、慣れた沈黙。苦痛ではないから氷が解けるのを見ながら待った。



「優しいねぇ、カカシは」
「オレはいつも優しいでしょーが」
「うーん、そうだけどさぁ」
「…何考えてる?」
「カカシがこれ以上優しいのは困るなぁ…これ以上は、両手が塞がって受け取れない」



 気位が高いとか、負けん気が強いという性質はまるでないと言っていいほどは穏やかな気質の持ち主だったが、その半面で気遣われたり、憐れまれることを酷く嫌った。もちろんヒステリックに怒鳴ったり卑屈な台詞を吐き捨てるようなことはないが、そういった空気はすぐに感じ取ってさっぱりと否定する。病院に長く居なかったのも、新しい生活にすぐに適応したのも、何も努力がなかったわけではないのだ。
 おそらくは、自分に何かが降りかかるのが嫌なのでなく、自分が相手に何かを強いているのが嫌なのだろう。自分は簡単に何でも与えてしまうくせに、与えられることに酷く敏感でほんの僅かなもので満足してしまう。それ以上は要らないと拒否するように。



「何度も言ってるけど…可哀相だからここに居るんじゃなーいよ」
「分かってるよ。だけどもっと、色んなところ、飛んでっていいのに」
「オレは野良猫でも籠の鳥でもなーいの。それに意外と人見知りなのよ」
「笑うところ?」
「……ま!とにかく、離れる選択肢は今までにだって幾つもあったでしょーが」
「あったねぇ。なのにいっつも選ばないよねぇ」
「離れるのを“選ばない”んじゃなく、一緒にいるっていう選択肢を“選んでる”って言って欲しいね」
「消去法じゃないってこと?」
「そ!オレはいつも“離れない”じゃなく“一緒にいる”っていう選択肢を選んできたし…ま!これからも選んでいくだろーね……って、オレの言いたい意味、分かってる?」
「私を泣かせようとしてることは良く分かるよ」
「なんで泣ーくの」
「まだ泣いてないよぅ」
「でもこれから泣くんでしょ」



 自分以外のことならば、カッコつけて冷静なフリもして、何とでも言うことが出来たのに、自分ほどワケの分からないものもない。上手く説明できなくて、いつも考えながらたどたどしく、せめて疑う余地のないようにと伝える言葉を、疑わずに受け止めると知っていたから素直になれた。がまるで子どもみたいに笑うから、大人ぶるのが馬鹿馬鹿しくなって、馬鹿みたいに笑った。失って手に入れた平穏だから、これ以上はもう、何も起こらないと、馬鹿みたいに、思っていたんだ。










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