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毎日のように続くその作業を誰かがネズミ狩りと喩えたように、彼女はそれを「増え過ぎたバッタの駆除」と言った。何が違うのかといえば哺乳類か昆虫かの違いで、どっちが適当かはオレには判断できない。(する気もない) とにかく、後に「木ノ葉崩し」と名称される暴動が終わりパワーバランスの崩れはじめた木ノ葉隠れの里を、日和見主義の忍が多かれ少なかれ狙っているのは確かだった。個人的な復讐や火事場泥棒を企む少人数のチームから、たった数十人で木ノ葉を落とそうとする果敢にも愚かしい集団まで、ネズミ(あるいはバッタ)の群れは絶えず草むらから顔を出す。良くも悪くも顔の知れたオレは、取れば名の上がる美味そうな餌だったろう。そんな話をすると彼女は、食べれば不老不死になるのは何だったかしら?とのんびりと応える。余裕はあるが緊張はまだ解けない。 「何って…人魚でしょ。波の国の」 「………悪くないわね…いや、やっぱりないわ」 「…聞きたくないけど何を?」 「カカシ☆マーメイド」 ああ、☆がなかなか斬新だと思う。それ以外は特に口にしなかった。 は思考を切り替えるように息を吐いて、周りを見渡す。吸い込んだ空気は涼しく、生臭い。四方一里に敵の気配はなかったが、雨の気配はしている。 「……どうしてこうも自然に、生かす選択肢を棄ててしまえるようになるのかしら」 「アカデミーと実践の成果ってヤツ、だろうな」 「“有益でない異物は有害になり得る”?」 「なつかしーね」 「そう、アカデミー…私、あの頃は何にでもなれると思ってたわ」 「生かす忍にだって?」 「忍以外にだってなれると思ってた。いつから無理だと思ったのかしら…」 「…殺したらもう、戻れない」 「そんなこと、考えた?」 「オレ達の世代は気付いたらもう戻れなかった世代でしょーが」 「うわぁ、何かそう言われるとさ、歳とったなぁって思わない?」 「うるさーいよ」 おどけるように緊張が解ける。戦争が終わった頃に産まれた子供たちが中忍になろうというのだ、年月の流れを感じずには居られないが、感傷に浸って若かりし日々の夢を語り合えるほどの宵でなし、仕方なく風情のない肉塊を数えた。バラバラにするような仲間が居なくて良かったと、今ほど思うこともない。何処まで集めて一人とするか、忍の掟に明確な基準はなく、しかし現場で学ぶ大雑把な基準が存外バカにできない精確さで、こんなところで忍の歴史の長さなんかが身に沁みたりするわけだ。僅かな黙祷の後に、がぽつりと呟いた。その時の横顔に少しのデジャヴ。けれどあの時のとは程遠い。 「それなのにまだ憧れる世界がある…」 「…リタイアするのか?」 致命傷や後遺障害だけでなく、精神的な疲弊や失望、絶望、忍の世界そのものへの嫌悪、厭世、争いの最中よりも鎮まりかけた今、じわりじわり蝕むように里を崩していくそれが、どの夜にもあった。いつまでも士気は保てない。この里は一体、何を、どれほどのものを失ったのだろうか。 「しないよぅ、多分もうね、どうしようもなく焦がれるくらいが丁度いいのよ。外の世界なんてのは」 「……………」 「ちょっとホッとした?」 「顔に返り血ついてるぞ」 「え、嘘」 「嘘」 それが、秋の話。 *** 木ノ葉隠れの里の冬は深くは無いが底冷えがする。太陽の日差しまでが冷たくなって、それでも日々の波は少しずつ治まり、何とか穏やかな日々が戻った。何度目かも分からない小説を読めば、今まで気付かなかった表現にドキリとさせられる。誰が馬鹿にしようとも、名作である。作者は教え子と共に旅に出た。残されたオレは独り虚しく、しかし僅かな感動を覚えている。平和ではないが、日々が平穏な証拠だ。 「私はバイオレンスのほうが好きかなぁ」 「………読んだの?」 「読んだよ?そりゃあもう、隅ッから隅まで」 「まさか、そういう趣味があったとは…」 「うん、まぁ愛読するほどではないね」 一応木ノ葉の出身としては読んでおこうかなと思ってさ?と隣に腰掛け、岩の国のミステリに挑戦しようかな、と呟いている。アレはグロいばかりであまり面白くないのでオススメしないと目も合わせずに言っておいた。読むなら雷の国のSFが読みやすい。アレは趣味じゃない、と彼女が否定。席は立たない。会話を求めるでもない。居心地は悪くない。読書に戻ろうとして、彼女の存在を、視界の隅で、感覚で感じた。硬くて温度の無い本の装丁に慣れた指が、温かくて柔らかい肌を恋しがってるようで、けれど手は伸ばさず、本だけを閉じた。 「邪魔だった?」 「いーや」 「そう」 「うん」 「変わったねぇ、カカシ」 「んー…変わらんもんなんて、あるのかね」 変わらずに居て欲しいものならば、いくらでもあったのに。その全てを失って、それでもまた、オレは手を伸ばそうとする。 「…オレね、サスケに言ったのよ」 「うん」 「大事なもん全部、もう皆殺されてるってね」 「うん」 「…我ながら馬鹿だと思ーうよ。今も」 「サスケにそう言ったことが?また大事なものを作ることが?」 「ぜんぶ」 「…変わらないものなんてないねぇ、本当に」 「ああ……」 「でも嫌なことばっかりでも、ないね?」 「…オレ達のこと?」 「恋人になろうか」 「んー、オレは、賛成」 「じゃあ過半数で可決」 「、」 「好きだよ」 「先に言わんでちょーだいよ」 「愛してる、くらい言ってほしいなぁ」 「…ま!あとでね」 「カカシ、顔赤い」 「うるさーいよ」 馬鹿かどうか分かんないから、もうお互い様で馬鹿でいいかなぁ?と彼女が微笑う。もう何でもいーよ、と応えて、彼女に触れる。思ったよりも少し冷たく、ずっと柔らかい。少しだけ、涙が出そうになって、愛してるよと誤魔化した。 それが、冬の話。 |