正しいものが、いつも美しいとは限らない。美しいものが、いつも正しいとは限らないのと同じように。彼女の横顔の美しさが決して正しさから来ているものではないのと同じように。丘に降り積もる雪と、彼女の白い脚の代わりになった黒檀のコントラストがうんざりとため息を零すほどに美しかったのを、覚えて忘れないだろう。ため息は白く濁って、これから来る悲しみの気配を曇らせて知らせた。



「私はカカシに、何を言うべきなのかなぁ…」
「オレに訊くかね……」



 は考えながら、ひとつひとつ、言葉を選んでいく。話しかけている相手を思いながら、少しでも適切な言葉を探すその仕草が、今までもずっと、好きだった。それでももし、出てきた言葉が謝罪ならオレは怒るつもりでいた。そんな考えはきっと見透かして、は謝らないだろう。そしてオレはを憐れまない。オレ達はきっとこれからも、対等であるための敬意を互いに抱いていられる。



「うーん…全てがたまたまあの日だっただけで、雷についてはいつかはやることだったでしょ。それから足の怪我はもうホント、誰の所為でもなくて…まぁ炭の塊にしてから言う事でもないんだけど」
「…それはオレに言ってんの?」
「ううん、自分に説明してる、のかな、でも万が一カカシが……んー…」
「オレが?」
「えーとカカシが、痛めなくてもいいことで心を痛めてるんなら…うーん、そう、慰めてあげようと思って」
「そりゃどーもね」
「…要らないよ、カカシ。罪悪感とか責任感とか、まるで見当違いで勘違いの、不必要な荷物だ」
「そんなこと考えて此処に来たんじゃなーいよ」



 見渡す限りの、小さな丘を眺めた。冬の丘は冷えた風が吹き抜けて、雪の間に覗く枯れ草の他に何もない。昼過ぎだというのに、西の曇り空に太陽だろう白い光源がぼんやりと浮かんでいた。は二つに折れた黒檀の長い方を削り直して杖の代わりにして歩く。断脚はしなかった。斬っても構わないといったに、それでも取らずに置いたのは五代目だという。



「憧れていた世界の話を、五代目にしたんだぁ」
「…オレにも話したことなかったのに?」
「叶わないと思ってたからねぇ…だけど今ならと思って話してみたら、この丘をくれたの」
「……土地の権利を、ってコト?」
「そう。この丘を花で埋め尽くすんだよぅ…それが根付いたらここに慰霊塔を建てるって条件で」
「それが“憧れた世界”?……この小さい丘を“花で埋め尽くす”ことが?」
「呆れた?」
「………いや」



 それは確かに、叶いそうにない世界だった。争わずに、大切な場所を守り、育てて生きていく。平凡で、平穏で、けれどオレ達が手に入れるには酷く困難で、人を殺し続ける誰もが憧れることさえ諦めて、手に入れることなど考えもしなかった世界だ。黒く染め抜かれた自分が触れてはいけない世界だとさえ感じていた。どれだけ望んでも心が軋むように痛むだけで、無駄だと分かっていたから考えない。
 それでも憧れる世界があると口にした。本音を言えば、まだそんな青臭いことを言っているのかと多少同情もした。だが考えてもみろ。オレと同じくらいの地獄を見て、同じくらいの孤独を刻み育ち、同じ以上の失望を抱えても、誰かのために笑ってしまえる。何もかもを諦めているのでなければ、あとはそれを強さとしか言いようがない。大切な場所を想い、誰かのために微笑う強さを、誰が同情しても、オレだけは同情できない。そしてオレは、未だ上手く笑えないオレはまたに憧れる。
 焦がれた彼女の世界。彼女はそれを手に入れた。引き換えに失ったもののことなど感じさせずに微笑う。いつもそうだ。そんなこと、オレが1番知っている。



「ね、カカシ」
「別れようなんて言うんじゃなーいよ」
「うん、一緒に生きていきたいね。だけど」

「…私は此処に居るよ」
「会いに行ーくよ。毎日でも」
「毎日はいいよぅ。でも嬉しいから、うん、そうだね……」

「だからここで、さよならだね、カカシ」



 明日もう一度出会うために、今日はここで別れなければならない。結局言葉なんて、最後はいくつあっても足りないから悔しい。人を好きになることがこんなに痛いなんて



「さみしい?」
「そりゃ、ね…」
「好きだよ」
「愛してるよ」
「完璧だね」
「離れたくなーいなぁ」
「すぐに慣れるよ」
「慣れたくなんてなーいよ」
「それじゃ寂しいよ」
「そっちの方がずっといい」
「駄々っ子だ」
「そ」



 に会うまで知らなかった。軋み痛むほどに誰かに憧れ、愛して、大切に想ったことなんてあっただろうか。抱きしめて、押しつけて、確かめてそれでも足りない。与えられる安堵を、温もりを、憧れを、細い身体を手放せない。別れるわけでもないのに、二度と会えないわけでもないのに、喉が熱い。



「……なんでカカシが泣くの?」
「泣いてなーいよ」
「でも…これから泣くでしょう?」



 大人になれないオレを、はずっと抱きしめた。


 それが、二度目の冬。










←back menu→