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忍里の中でも一際大きな木ノ葉隠れの里を擁する火の国は、広大な土地を持っていながらその大半が山々や森林に覆われていた。現在でこそ開拓は進んでいるが、忍里となればいまだ緑に囲まれており、天然の要塞兼訓練場になっている。その為にわざとその状態を維持しているともいえるし、それが「忍ぶ」里の本質とも言えた。 元々が緩やかとはいえ坂の多い土地である。平らな部分は少なく、そういった土地は真っ先に開拓されていった。従って残る深い森は谷や崖や丘がそこかしこにあって、一際大きな崖には里長の顔が彫られたし、一際見晴らしの良い丘には慰霊碑が建てられることとなった。それ以外は、それこそ子供の時分から飛び回って遊んでいなければ知らないような獣道や、抜け道を通れば子供が走り回れる程度の小さな原っぱや、肝試しのロープが風化したままの切り立った崖や、秘密基地の跡が残る小さな洞窟が無数にあった。 *** 大人になればそうそう用もない森の中を探索するのは、下忍になりたての部下を訓練するための丁度良い場所を探すためだった。久しぶりに跳び回る森は幼い頃よりもずっと狭く感じる。南から入り東、北とまわって、大体の目星はついたので後はもう単なる暇潰しの散歩。そういえば昔、この辺に連れて来られたことがあるな、とか、この辺でアイツが怪我をしたんだっけな、とか、無駄とも思える情報が思い出されるのが少し楽しい。 西の森は子供の頃の家からは離れていたのであまり詳しくはない。たしか捻くれたケヤキを目印に奥へ進めば多少ひらけた丘があったことだけ覚えている。念のため見ておくか、とその程度で頭の中の大半は今夜の任務の事と晩御飯を何にするかを考えた。帰ってから作るのは面倒だし、行く前に作るなんてもってのほかだ。外で食べるのはいいとして、行く前だと混むだろうし帰りだと店が開いているかが問題である。居酒屋とラーメンもそろそろ飽きてきたところだ。 森の奥に控えめな光が見えて、木々の終わりと草原の始まりを示している。人の気配がした。子供ではないようだ。こんなところにいる時点で一般人ではないだろうし、誰か忍者が一人で鍛錬しているのだろうと思った。中忍以上の忍者なら誰しも人気のない自分だけの訓練場を決めているものだし、それに遭遇するのもさして珍しいことでもない。 だから例えば、ひらけた先にいた忍者が訓練をしていたのなら労いついでの挨拶を交わす事だって出来たし、精神統一をしていたのなら気配を消してその場から立ち去ることも出来た。泣いていれば一言詫びて話を聞くくらいの時間の余裕はあったし、悔しがっていたのなら先輩面して説教してやるくらいのレベルではあると自負していた。 それなのに彼女はただ立っていた。夕日が控えめの橙から紫に変わっていく色で、雲が桃色と薄紫の間の色だった。ベストやその下の黒いシャツはその複雑な色の影響を受けていなかったが、白い肌が薄い橙と朱色の間の光を浴びていた。首筋から背中、踵まで中心がブレていない。バランスの良い鍛え方だった。力の入っていない指先は微動だにしない。緊張や、寂寥や、悼み悲しみ決意や怒りはない。そもそも意志さえ無い。瞳には夕日がそのまま映っている。この日の彼女の横顔がずっと、今もそのままに、忘れられない。 それが、春の話。 *** 身の丈ほどもあるその棒をひゅるり、びゅうう、と風を切る音を立てて自在に振り回す。聞けば黒檀と言っていた。随分と硬く、重たい木である。棒の長さは変わらないが纏わせる雷のチャクラの量で長さや形が変わるように見えることから「如意棒」だとか「神槍」と呼ばれたが、彼女は単に「コレ」とか「棒」とか「木のヤツ」と呼んでいた。呼称はどうでもいいらしい。 「今なら軽くていい金属が入ってくるでしょ」 「折れたら替えようと思ってる」 「折れたことなーいの?」 「ないねぇ」 「一度もか?」 「硬いから」 「そういう問題でもないでしょーよ…」 丘で見たときはオレの知らない忍者がまだ居たかと思ったが、黒く使い込んだ武器を持たせてみればぴったりと記憶と合致した。今までもその立ち姿を何度も見ていた。仮面をつけての暗殺任務以外で行動を共にしたことがなかったのが気付かなかった原因だと言い訳する。 しかしあの横顔を見て、誰があの暗部隊員と同一人物だと思えるだろうと反論もする。ひゅるり、びゅううと風を切る音と、途切れない雷と、感情のない精確さだけを記憶に刻む。舞うように弧を描き、しなやかで、ブレがない。任務の間だけは、小さかった、女だった、細かったと微塵も思わせない。 「うーんでも確かに、金属のがチャクラの通りもいいんだぁ…」 「そういやも雷属性だっけね」 「うん、お揃いだね」 「おそろいってお前ね…」 「少し、嬉しいねぇ」 「おそろいが?」 「お揃いが」 頷く彼女が少し微笑う。触れれば裂けるような張り詰める緊張はない。任務の間だけ少し大人びる口調も、おそらく無意識のうちに消えた。きっと普段通りなのだろうその話し方を、オレは今初めて聞いている。少なからず嬉しく思う感情を自覚しているのは、彼女がオレの緊張も知らずに解いたからだ。くるりと向きを変える彼女の足元でカサリ、と小さな音がした。血溜まりの中に、蝉の抜け殻。 「でもねぇ、金属だとどうしても見た目がねぇ」 「木の棒もどうかと思うけどね、オレは」 「アレに見えるじゃない、ほら」 「どれ」 「鉄パイプ」 それが、夏の話。 |